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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)78号 判決

原告

小田切幸喬

被告

特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

深町進

外一名

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈略〉

第二  請求の原因

原告は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和二十九年九月十三日、「無限動力発生方法」につき特許出願をしたところ、昭和三十一年十二月十八日、拒絶査定があつたので、昭和三十二年一月十六日、これに対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第二号事件として審理されたが、昭和三十八年五月二十八日、「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年六月二十二日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

水等を分解し、その水素の浮揚力によつて物質を上昇せしめ、空気と混合(又他の物と)燃焼し、効力と水を得、その水を上昇せしめた水と共に落下(海中で行なうときは、海中の水圧をもつて代える。)せしめ動力を起こし、それらの動力より分解のエネルギーを給与し、もつて動力を発生せしめる無限動力発生方法。

三  本件審決理由の要点

本願発明を詳細に考察するに、その実施例に示された系内においては、常に一定量の水素がその系の主媒体となり、あるいは空中において酸素と化合して水となり、あるいは分解されて単体の水素となるにせよ、該水素を化合する酸素の量と電解される酸素の量とは、水素二原子に対して酸素一原子の割合で水が構成されている限りは、相等しく、したがつて、系全体を考えた場合は、得られる酸素量と空中において取り入れる酸素量とは等量であつて、結局、本願発明は、一定量の水素の存在により外部より何らのエネルギー及び物質を加えることなく動力を発生する方法にあると認められるが、かようなものは、まさに永久機関といわれるものであり、これが実現不可能であることは、熱力学の法則をまつまでもなく、自明であるから、本願出願は拒絶すべきものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本願発明の要旨は本件審決認定のとおり無限動力発生方法にあるところ、本件審決が本願発明をもつて実現不可能なものであるとしたことは、エネルギー恒存の法則を否定し、熱力学の理論にも反するものであり、明らかな誤りである。本願発明は、明細書の詳細な説明の記載から明らかなように、その方法を実施するための装置の設計に当たつては、種々の工夫を必要とするが、その実施は可能である。被告は、本願発明が実施不可能である根拠を、鑑定人甲藤好朗及び石原智男の鑑定の結果における鑑定理由を援用して、主張説明するが、右主張も全く誤つている。その詳細は、別紙「鑑定に対する反論」及び「準備書」記載のとおりである。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

(一)  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本願発明をもつて実施不可能であるとした本件審決の認定は、以下に詳述するとおり、正当であり、その点に違法はない。すなわち、(一)地上で水を電気分解する際に消費する理想電力量をW1、上空で水素ガスと酸素ガスとを結合させて水とする際に燃料電池などで発生する理想電力量をW2、上空で得られる水を水力発電装置などを通して地上まで流下させる際に発生する理想電力をW3、空気より軽い水素ガスの浮揚力を利用する動力発生装置などで発生する理想電力量をWH2とすれば、発生電力量の総和(W2+W3+WH2)から消費電力量W1を差し引いた残りが、動力損失がないとした場合の本願方法による系からの理想的な発生電力量となるが、この理想的な発生電力量は、系の変化過程によつて多少異なるが、実質的には、空気より重い酸素ガスを大気から隔離して人工的に地上から上空に移送するとした場合に必要な理想電力量に等しい。

(二)  酸素ガスを地上から上空に移送する方法としては、(1)大気から隔離して人工的に移送する方法及び(2)大気から隔離して自然風などにより移送する方法が考えられるが、(1)の方法においては、系からの理想的な発生電力量が酸素ガスの移送に必要な理想電力量としてすべて消費され、系からの発生電力量は零となる。したがつて、(2)の方法によつてのみ前項に示す系からの発生電力量が得られる可能性がある。

(三)  酸素ガスを大気から隔離して人工的に地上から上空に移送するに必要な理想電力量W02は、酸素ガスに作用する地球の重力と大気の浮力の差に抗してされる仕事量であり、酸素ガスの質量をM02重力の加速度をg、地上と上空の高差をZ、空気のガス定数をRa、酸素のガス定数をR02として、W02=(1−R02/Ra)M02gzとなる。R02/Raの値は0.905と一に近く、W02−0.095M02gzとなり、系からの理想的な発生電力量は、酸素ガスの位置エネルギー増の僅かに9.5%にすぎない。水一kg中に含まれる酸素の質量は0.8889kgであり、したがつて、Mkgの水を用いた系からの理想的な発生電力量は、0.095×0.889Mgz=0.0844Mgzとなる。試みに、富士山の山頂を上空の例に、海面を地上の例にとると、Z=3776mS,g=9.81m/S2として、水一kg当りに得られる系からの理想的な発生電力量は、0.0844×1×9.81×3776Joule=3126Joule、すなわち0.747kcalとなる。一方、水一kgを地上のほぼ標準の状態で電気分解する際に消費する理想電力量は3140kcalである。すなわち、動力損失がないとした理想的な場合においてすら、系内で発生・消費の形で循環される電力量に比べて系から外に取り出される電力量の割合は、きわめて小さく、(0.747/3140)×100%=0.0238%にすぎない。

(四)  以上の考察は、すべての装置に動力損失がないことを前提としたものであるが、現実には動力損失のない効率一〇〇%の装置は存在しえないことは、いうまでもない。前項の考察の結果として、各装置における動力損失の和を水の電気分解に要する理想電力量で除した値が0.0238%を越える場合には系から外部に電力量を取り出すことはできない。すなわち、電気分解装置と燃料電池のみに動力損失があるとし、その各々の動力損失をほぼ等しいとすれば、各装置の動力損失を水の電気分解に要する理想電力量で除した値は、0.012以下でなければならない。このことは、電気分解装置と燃料電池の効率がいずれも99.99%以上でないかぎり、現実に系からの電力発生は不可能であることを示すものである。水力発電装置、水素ガスの浮揚力による動力発生装置及び送電装置の避けがたい動力損失を考慮すれば、電気分解装置や燃料電池に要求される効率の値は、上記の値よりさらに高いものとなる。上空の例を富士山頂より高くすれば、効率に対する要求値は、僅かながら低くなるが、地球上における本願方法の実施を考える限りにおいて、その要求値は、99.99%以上でなければならないことになる。将来いかに技術が進歩したとしても、このような高効率は実現を期待することは困難である。

(五)  以上の考察は、水の電気分解によつて生ずる酸素ガスを大気中に放出させず、これを大気から隔離して自然風などにより地上から上空に移送する方法の採用のもとに行なつたものであるが、本願発明においては、上空で空気中の酸素ガスを用いるものであるから、この場合には、燃料電池の発生電力量の低下を生じ、その低下は水1kg当り約26kcalとなり、これは富士山頂を例とした場合の水1kg当りに得られる系からの理想的な発生電力量0.747kcalを上廻ることになる。このように、本願発明の技術内容は、必要装置における動力損失を考慮するまでもなく、その実施は不可能である。

第四  証拠関係〈略〉

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決が、本願発明をもつて実現不可能であるとしたことは、認定を誤つたものである旨主張するが、この主張は理由ないものというほかはない。すなわち、成立に争いのない乙第三号証の一から三によれば、本願発明は、出願人(原告)によれば、いわゆる永久運動、すなわち無限に動力を発生させることは、現在まで、エネルギー恒存の原理から、絶対不可能とされていたが、本願発明は、これを可能ならしめた方法であり、水素は酸素と化合する際熱を発して水となり、水は分解すると酸素と水素に分離し、両者は、分解力、化合発熱量は相等しく、水素は浮力を有し、自己の十数倍の質量を上昇せしめる力をもち、上昇した水素ガスは、上空において空気と混合させ、燃焼して熱と水を生じ、この水と浮昇の際持ち揚げた質量と共に落下して動力を生ずるという原理を種々の方法により装置化すれば永久に動力と酸素ガスが発生し、無限動力を得ることができるとの知見を基礎とし、「水等を分解し、その水素の浮揚力により物質を上昇せしめ、空気と混合(又他の物と)燃焼し、動力と水を得、その水を上昇せしめた水と共に落下(海中で行なうときは、海中の水圧をもつて代える。)せしめ動力を起こし、それらの動力より分解のエネルギーを給与し、もつて動力を発生せしめる無限動力発生方法」をその要旨とするものであることが明らかであるところ(本願発明の要旨については、当事者間に争いはない。)、鑑定人甲藤好朗及び同石原智男の鑑定(共同鑑定)の結果によれば、本願発明は、被告が前掲「第三 被告の答弁」の項で詳述したとおりの理由から、その実施は不可能であるとみるを相当とし、これを左右するに足る適確な証拠はない。原告は、右被告の主張、すなわち前顕鑑定の結果につき、別紙「鑑定に対する反論」記載のとおり反駁するが、原告の右反駁は、一個の意見ないしは見解としてはともかく、その技術的説明をもつてしてもいまだ前認定を左右するに足りない(原告の挙げたヘリコプター等に関する先例も、仮にそのような事実が過去にあつたとしても、このことから直ちに、前記のような技術内容をもつ本願発明が実施可能であるとすべき具体的例証とするに足りないことは、多言を要しないところである。)。したがつて、本願発明をもつて、その実施が不可能であることを理由に、その出願について拒絶をすべきものであるとした本件審決は、結局、正当であり、その限りにおいて違法の点はない。

(むすび)

三叙上のとおりであるから、その主張の点に認定ないし判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(三宅正雄 中川哲男 秋吉稔弘)

〈別紙略〉

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